長門・下関周辺の観光スポット1 黄金洞[青海島]など

赤間神宮(山口県下関市阿弥陀寺町4-1)
1185年(寿永4)、壇之浦の戦いに敗れて入水した平清盛の孫・安徳天皇を祀る。二位の尼(清盛の妻)は、8歳の天皇に「波の下にも都の侍ふぞ」と言い聞かせて壇之浦で入水したという。朱塗りの水天門はその「波の下の都」を思わせる華やかな龍宮造。隣接地に安徳天皇御陵、境内には平家の武将の墓碑・七盛塚[ななもりづか]、小泉八雲の『怪談』で有名な耳なし芳一の像を安置する芳一堂、『紙本墨書平家物語20冊』(重要文化財)などを収蔵する宝物館がある。

忌宮神社(山口県下関市長府宮の内町1-18)
第14代仲哀天皇、神功皇后が九州平定の際ここに豊浦宮を建て、7年滞在したといわれる。毎年8月7日から7日間、天下の奇祭といわれる数方庭[すほうてい](山口県無形民俗文化財)を開催。竹ののぼりを持ち、練り歩く様子が見られる。

黄金洞[青海島](山口県長門市青海島)
青海島観光汽船一周コースの見どころのひとつ。洞内が海面に反射した光によって、黄金色に輝くことからこの名が付いた。南北に面して洞くつが2つ揃っているので、夫婦洞ともいわれている。

大日比夏みかん原樹(山口県長門市仙崎大日比)
わが国の夏みかんの原樹といわれる木で、史跡と天然記念物に指定されている。安永年間(1772〜80)に、西本チョウという女性が浜に流れ着いた種子を持ち帰り植えたと伝えられ、今も西本家の庭で秋〜冬に黄金色の実を付ける。ほのかな芳香をもつ白い花は県花に指定されている。萩の夏みかんもこの木から接ぎ木されたものだ。

青海島(山口県長門市青海島)
青海大橋で仙崎とつながる、周囲約40kmの島。島全体が天然記念物に指定され、特に北側の海岸は日本海の荒波に浸食された海食洞窟や断崖、奇岩が多く見られ、「海上アルプス」の別名もある。南西部に位置する青海湖は周囲4km、日本海と幅20〜30mの砂州で隔てられた、山口県最大の湖だ。砂州には松林が広がり、波の橋立てとよばれている。青海島観光船(電話:0837-26-0834)の基本のコースで1周することができる。乗船2200円。

大門[青海島](山口県長門市青海島)
青海島観光汽船一周コースの見どころのひとつ。海上にそそり立つ高さ約40mの岩で、中央が海食されていて通り抜けられる。観光船でくぐり抜ける時は、岸壁が迫りスリル満点。

鬼の岩(山口県下関市豊北町角島)
本土に住む鬼が角島を陸続きにしようとして岩をつぎつぎと投げ込んだが、海峡を埋めることができず、悔しさのあまり最後に大きな岩を握りしめて投げ込んだという伝説が残されている。海岸沿いにある奇岩は、本当に鬼が力一杯握りしめたかのようなあとがくっきりと分かる不思議な形をしている。

海峡ゆめタワー(山口県下関市豊前田町3-3-1)
展示見本市会場や国際会議場などを有する海峡メッセ下関のシンボルタワー。高さ143mにある展望室は全面ガラス張りの球体にデザインされ、市街や関門海峡、巌流島、九州側の門司港レトロなど360度の展望が広がる。夜のライトアップも美しい。

覚苑寺(山口県下関市長府安養寺3-3-10)
長府毛利家3代綱元が1698年(元禄11)に創建した長府毛利家菩提寺。日本画の巨匠・狩野芳崖、乃木将軍の銅像があり、付近は708年(和銅元)鋳造の貨幣、和同開珎の鋳銭所跡(史跡)で、古銭やフイゴなどが発見された。

香月泰男美術館(山口県長門市三隅湯免)
明治44年(1911)三隅町(現長門市)に生まれ、近代日本洋画界に偉大な足跡を残した洋画家・香月泰男。ふるさとを愛し、人間愛と平和をテーマに活動を続けた画伯の油彩・素描・版画や、「おもちゃ」と呼ばれる小彫刻を収集・展示している。

瑠璃光寺 山口県山口市香山町

瑠璃光寺(るりこうじ)は、山口県山口市香山町にある曹洞宗の寺院。山号は保寧山、本尊は薬師如来。国宝の五重塔を中心として、境内は香山公園と呼ばれ、桜や梅の名所にもなっている。大内氏全盛期の大内文化を伝える寺院であり、「西の京・山口」を代表する観光名所となっている。香山墓所は「毛利家墓所」のうちの一つとして国の史跡に指定されている。

香積寺
室町時代、大内氏25代の大内義弘が現在の場所に香積寺を建立したが、義弘は応永6年(1399年)に応永の乱を起こし足利義満に敗れて戦死する。義弘の弟である26代大内盛見が兄を弔うためここに五重塔の建設を開始したが、盛見自身も九州の少弐氏・大友氏との戦いで永享3年(1431年)に戦死する。五重塔はその後嘉吉2年(1442年)頃に完成した。

仁保瑠璃光寺
陶氏の7代当主陶弘房の死後、弘房の夫人が夫を弔うために文明3年(1471年)建立した。当初は安養寺と呼ばれ、現在の山口市仁保高野にあったが、明応元年(1492年)に瑠璃光寺と改められた。

移転
江戸幕府成立後、萩に依った毛利輝元が慶長9年(1604年)に香積寺を萩に引寺したため、跡地に元禄3年(1690年)、仁保瑠璃光寺を移転した。これが現在の瑠璃光寺である。

五重塔
国宝。大内文化の最高傑作といわれる。室町時代、嘉吉2年(1442年)頃の建立。屋外にある五重塔としては日本で10番目に古く、京都の醍醐寺・奈良の法隆寺のものとならび日本三名塔の一つに数えられることもある。

高さ 31.2m で屋根は檜皮葺。二層にのみ回縁(まわりえん)がついているのが特徴である。建築様式は和様であるが、回縁勾欄の逆蓮頭や円形須弥壇など一部に禅宗様(唐様)が採り入れられている。夜間は年間を通して日没〜23:00までライトアップされており、周囲に咲く季節の花々とともに美しく浮かび上がる。

その他
瑠璃光寺資料館 - 五重塔の模型や資料を展示している。また日本にある主要な五重塔55基を100分の1の模型とパネルで紹介しており、各地の五重塔について知ることができる。

香山墓所 - 萩市の天樹院、大照院、東光寺とともに長州藩主の墓所となっている。香山墓所には明治維新当時の当主、13代毛利敬親などの墓がある。「萩藩主毛利家墓所」の一部として、国の史跡に指定されている。

枕流亭 - 薩長連合結成の密議のため、薩摩の小松帯刀や西郷隆盛などが山口を訪れた際に当時道場門前にあった枕流亭で長州方と面会した。その後何度か移築され、近年香山公園内に移築された。

露山堂 - 幕末、毛利敬親が藩庁を萩から山口に移したが、その際藩庁内につくられた茶室。茶室とは名ばかりで、その実堂内では討幕の密議が行われていた。その後維持管理が行き届かず荒れ放題になっていることを知った品川弥二郎がこれを嘆き、明治24年に香山公園内に移築した。現在も茶室として茶会などが催されている。

うぐいす張の石畳 - 香山墓所に至る石段の前にある石畳の上で、石畳を強く踏みつけたり手を打ったりすると、「キュ」という音が返ってくる。これは周囲の地形や石段による音響効果のためであるが、意図してそのように作られたものではなく、偶然の結果であると考えられている。


⇒瑠璃光寺

岩国・柳井の観光スポット4 大島町 なぎさ水族館・星野哲朗記念館など

ふれ愛どうぶつ村(大島町)
どうぶつ村にワンちゃんとふれあうコーナーがオープンしました。
自慢のワンちゃんと遊べる広場もあるよ!
大島大橋から左に車で5分、ピンクの建物が目印です。
■お問い合わせ
山口県大島郡大島町東三蒲93-1
TEL(0820)74-3474
開園時間10:00〜16:00。休園日…火曜
入園料おとな500円、こども300円、ワンちゃん200円

大島大橋(小松)
周防大島の玄関口、周防大島と本州(柳井市)をつなぐ大島大橋です。大島大橋の開通は周防大島住民の長年の夢でした。近年では通行料も無料となり
たくさんの人達がこの橋を渡り周防大島へ来訪されています。

グリーンステイながうら(長浦)
スポーツ合宿村として長浦スポーツ海浜スクエアと併設された「グリーンステイながうら」は、交流館ログハウスや潮風呂、レストランなどが設けられたトロピカルリゾートな滞在型施設。

久賀陶芸の館
八幡生涯学習村の山深き一角に佇む久賀陶芸の館では、手ひねりやロクロなどを使った本格的な陶芸を体験頂けます。
島の桃源郷で鳥のさえずりを聞きながら土に触れ、周防大島の思い出がいっぱい詰まった手造りによる作品をお土産になさってはいかがでしょうか。

日本ハワイ移民資料館(大島町)
周防大島町では明治時代の移民政策に従い、3,913名もの人達がハワイへ渡りました。遠い異国の地であるハワイに夢を描き、故郷を後にした人達の勇気とたくましさ、そして汗と涙が浸み込んだ品々が、ここ日本ハワイ移民資料館に展示されています。

日見の大仏(日見)
日見の西長寺にある藤原時代末期の作とされる高さ9尺2寸(2.82m)の彫眼、漆箔の木造阿弥陀如来座像です。
県下一の大きさを誇る国指定重要文化財であり光背の二重円光の周囲の唐草文の透彫、台座は八角裳懸座と称されるもの。

立岩
海岸にそそり立つ高さ40mの巨大な安山岩からなる立岩。
嘉納山の麓、無病息災の名水を育む滝として水の少ない周防大島おける大切な水源としていにしえより珍重されてきました。
現在も枯れることなく美しい水を育み、
ふもとの街や畑に潤いを与えてくれています。。

橘ウインドパーク(西安下庄)
橘ウインドパークは、町民と他の地域住民との交流の場として、スポーツや研修による合宿など地域住民との交流などが目的であればどなたでもご利用頂けます。
嵩山からのハングライダー、パラグライダーのランディング場として、サッカーやソフトボールなどの競技場としてもご利用頂けます。

なぎさ水族館(伊保田)
陸奥記念館と併設されている「なぎさ水族館」は決して大きくはない水族館ですが、近海の魚が多数展示されたアットホームな水族館です。
また、魚を直接触れるタッチングプールは小さなお子さんに大好評です。

陸奥記念館(伊保田)
昭和18年に周防大島沖合で謎の爆発を起こし、1,121人もの将兵と共に瀬戸内海深くに沈んでしまった戦艦陸奥。陸奥記念館では戦艦「陸奥」の引き揚げられた遺品や艦首の一部、遺族の方々から寄せられた貴重を資料が展示。

星野哲朗記念館(山口県大島郡周防大島町大字平野417-11)
平成22年7月7日(木)より、現在劇場内にて放映しております「なみだ船」「風雪ながれ旅」(唄:北島三郎)・「おんなの宿」(唄:大下八郎)・「三百六十五歩のマーチ」(唄:水前寺清子)・「昔の名前で出ています」(唄:小林旭)・「みだれ髪」(唄:美空ひばり)に加え、新たに「アンコ椿は恋の花」(唄:都はるみ)・「海の祈り」(唄:鳥羽一郎)の放映をはじめました。

岩国・柳井の観光スポット3 光市周辺 三国志城・虹ヶ浜海水浴場など

山口県光市周辺の観光スポットです。

陶芸の里
柳井に向かう国道188号沿いの伊保木・岩屋地区は椿窯・快山窯・美土里陶房の窯元がある陶芸の里。
それぞれに個性的な作風が楽しめる。海を眺めたり、窯をめぐりながら静かな時間を過ごしたい。

加茂神社
飛翔天女の姿と唐草模様が刻まれた全国的にも珍しい日本最古の朝鮮鐘(国指定重要文化財)があることで有名。鐘は11世紀後半、南北朝の争乱期に朝鮮より伝来したものと推定されている。

三国志城
管内には中国の長編歴史小説「三国志演義」や三国時代の遺構・出土品を参考に復元されたジオラマなどが展示され、三国時代にタイムスリップができます。

石城山
石城山県立自然公園の象徴である「石城山」は、標高359.7mと決して高い山ではありませんが、その眺望はすばらしく、瀬戸内海の島々はもちろん、晴れた日には遠く四国や九州まで見渡すことができます。

渓月院
渓月院は、椎の森に囲まれ、渓流が流れる山中に位置し、かつて、毛利元就が沼城攻撃のための仮陣屋を設けた場所として知られている。

周防の森ロッジ
青少年の野外活動センター。
行事、研修、学習等の活動に最適。キャンプ場と管理棟からなり、四季を通じて豊かな自然にふれあうことができる。

伊藤公記念公演
初代内閣総理大臣伊藤博文公は光市(旧大和町)で生まれ、幼年時代を過ごしました。 ここには、生家をはじめ、生涯を遺品と映像で紹介する資料館、伊藤公が設計した記念館があります。

ふらっと大和
毎週水曜日と日曜日の2回、光市内の農産物・加工品や地域の特産品などを販売しています。

夕日の滝
高峯藤ヶ塔(382m)を源流とし、滝の上方に夕日観音が祀られているところから夕日の滝といいます。 この滝にうたれると霊験あらたかで難病に効くといわれています。

あじさい苑
光スポーツ公園の丘陵に咲き乱れるあじさい。ガクあじさい、ローラレイなど20種類のあじさいが15,000株植えられています。

光つつじ苑
平戸つつじ、久留米つつじなど1万本にのぼるつつじ園は、4月中旬から5月初旬にかけて赤、白、ピンクなど見事に咲きます。

シャクナゲ苑
浅江神社の境内にあるシャクナゲ苑には約45種,850本余りのシャクナゲが4月から5月にかけて大きな花を咲かせます。5月上旬にはシャクナゲ祭りも行われます。

海商通り
江戸時代から明治にかけ、北前船の寄港地として回船問屋などで栄えた室積の面影を残す海商通り。古い家屋を活かした土産品店も人気を集めています。

光ふるさと郷土博物館
江戸時代から昭和30代にかけて営まれていた醤油醸造所を修復し、かつて室積に寄港していた北前船に関する資料などを展示、当時の人々の生活や文化を紹介しています。特に優れたデザインと制作技術の高い船箪笥や商家独特の建物があります。

冠山総合公園
梅を中心に四季を通じて花木が楽しめます。公園内には日本庭園をはじめ、修景地、せせらぎ水路、芝生イベント広場、レストランなどがあり、安らぎと潤いを感じさせる公園です。

梅の里(冠梅園)
冠山総合公園内にあり、2月から3月にかけて30数種2000本余りの梅の花が咲き誇り、園内が満開の梅で香り立ちます。

普賢寺
昔から「海の菩薩」として全国各地から広い信者を集めてきた普賢寺。毎年5月に行われる普賢まつりには、数多くの露店が軒を連ね盛大なにぎわいをみせます。境内には、雪舟作と伝えられる枯山水の庭園(県指定名勝)があります。

象鼻ヶ岬・御手洗湾
山陽海路の要津として栄えた御手洗湾、室積港を包むようにして室積半島の先端からのびています。天の橋立になぞらえて「周防橋立」とも呼ばれる美しさで、岬に繁る峨美山の暖帯性樹林は、国指定天然記念物として今も原生林に近い姿を留めています。
また、室積半島は自然環境に恵まれるとともに、古い歴史と町並みが残されています。これらの資源を保存・活用し、まち全体をひとつの博物館と見立てた「エコミュージアム計画」がすすめられています。

室積海岸
虹ヶ浜と並び光市が誇る2大海水浴場です。マリンスポーツも盛んです

フィッシングパーク光
天然の漁場を利用したフィッシングパークでは1年を通し魚類は豊富で、気軽に魚釣りを楽しむことができます。

虹ヶ浜海水浴場
白砂青松の海岸線が約3kmにも渡り続く虹ヶ浜海岸は、西日本屈指の海水浴場です。光駅から徒歩3分。松原屋の目の前に広がっています。

島田川の水鳥
一年を通じ約70種類の水鳥が憩い、バードウォッチング、散策に嬉しい散歩道です。

河川公園
島田川沿いに設けられた公園はのんびり散歩でき、四季の花木に彩られます。

秋芳洞の歴史

1354年、大干ばつに際して大洞寿円禅師が洞内で雨乞修法を行い、満願三七日目の豪雨による洪水に入寂したのが開山とされる。

1729年に描かれた地下上申絵図(秋吉村)に滝ノ口、弘谷滝、稲川の名が見られる。

1844年頃に編纂された防長風土注進案には、秋吉村の名所旧跡の項、滝穴中に千畳敷や高桟敷の語が見られる。地元民が大勢して奥まで入るとも記されている。また流れ出る川について、「秋吉台の上流の村で秋に刈り干していた稲が大雨で流失し、ここへ流れ出た。そのため以前は滝川と呼んでいたが、今は稲川という」との記述がある。

1843年、1847年、萩の医学館の者数名が石薬の鍾乳石を採取のために滝穴と蝙蝠穴へ訪れた。

1862年に刊行された美祢郡細見絵図中に、滝穴ノ中ニ三十二景アリとの付記がある[4]。

1907年、鉱山業者梅原文次郎の依頼によって英国王立地理学協会員エドワード・ガントレット、広島高等師範学校教授中目覚らが調査した。当時は地元では「水神のすみか」と伝えられており、誰も近づかなかったともいう。

1909年、梅原文次郎により観光洞として開発され、盛大な開窟式が行われた。

1922年、国の天然記念物に、1952年、同特別天然記念物に、1955年には国定公園に指定。

1922年、天然記念物主務大臣より秋吉村による管理を命じられる。1923年には、秋吉村による管理と経営を開始した(それまでは広谷部落による)。

1925年、電灯による洞内照明を開始。

1926年、東宮行啓後、思召により滝穴から秋芳洞へ、また洞内の6名所の名もあわせて改名された。

1951(or 1952)年に長淵に桟橋ができ、渡し船が廃止された。

1956年、台上への観光客誘導のためエレベーターが設置された。

1960年、水銀灯等による大規模な洞内照明を開始。

1962年、3月21日と25日に洞奥の琴ヶ淵で太田正道、杉村昭弘による日本最初の洞窟潜水探検が行われた。

1963年、黒谷支洞奥から矢ノ穴ドリーネへ通じる隧道が竣工した。

2005年、他の2つの鍾乳洞、景清洞、大正洞とあわせ、秋吉台地下水系という名称でラムサール条約登録湿地となった。

2007年、秋吉台とともに日本の地質百選に選定された。


⇒秋芳洞

秋吉台国定公園と秋芳洞

秋吉台国定公園(あきよしだいこくていこうえん)は山口県中央部の美祢市(旧秋芳町・旧美東町)に広がるカルスト台地の秋吉台(狭義)からなり、指定地域内に秋芳洞など約200の洞窟(鍾乳洞)を胚胎する国定公園。カルスト台地という独特の性質のため、上級公園の中でも比較的指定面積(45.02㎢)が狭い公園である。1955年(昭和30年)11月1日指定。

指定地の秋吉台内には特別天然記念物の秋芳洞をはじめ、天然記念物の景清洞、大正洞、中尾洞などがある。12.69km²が特別天然記念物にも指定されている。

秋芳洞(あきよしどう、「しゅうほうどう」の読みは誤り、詳細は後述)とは、山口県美祢市東部、秋吉台の地下100-200mにある鍾乳洞で、約1kmの観光路をもって公開されている。鍾乳洞としては日本最大規模。洞奥の琴ヶ淵より洞口まで、約1kmにわたって地下川が流れ下っている。1990年前後の洞窟探検家による琴ヶ淵から奥への潜水調査の結果、東方約2.5kmにある葛ヶ穴まで連結し、総延長は約8,500mに達した。その後の探検によっても延長は伸びており、現在日本第3位にランクされている。特別天然記念物

名称について
洞口に滝があるために古くから「滝穴」と呼ばれていたが、1926年5月30日、東宮(後の昭和天皇)が行啓の折にこの鍾乳洞を探勝。このとき「滝穴」の名称について東宮が質問したところ、時の山口県知事大森吉五郎は、以前から称え伝えた名称であり、その所在地の者がかく称えていたと回答。

すると時の内大臣牧野伸顕から「滝穴」とは何だか名実相伴しない観があるから何とか名称をつけかえたらよかろうとの提案があった。
これに対して大森は、天下に誇るべきこの鍾乳洞にふさわしい名を殿下から戴くことは畏れ多いので牧野内大臣から命名していただきたいと答えたが、牧野曰く、この「滝穴」の名は今回の行啓記念に殿下の思召によって近く改めて一段の光彩を添えることがよかろうとのことだった。

1926年6月17日、防長新聞は「秋吉の滝穴に入江侍従長から「秋芳洞」と命名された」と報じた。東京滞在中の大森知事から山口県に電報で通達されたが、その電文にはただ「あきよしどう」とあるのみで漢字の説明がないので「秋吉洞」と命名されたと当初は解釈された(現地の旧村名が「秋吉村」でもあった)。

しかしこの字について、念のため折返し知事に照会した結果「よしの字は芳なり」との返電があったので「秋芳洞」と書くことが判明した。こうして1926年6月23日、大森知事から村長に「秋芳洞」の名が伝達された。

上述のとおり、洞穴の名称に「秋芳洞」の文字が使われたこともあってか、旧来「しゅうほうどう」と読まれることが多かった。

1955年に秋吉村を含む4箇村が合併した際には町名を秋芳町(しゅうほうちょう)とした。1963年に山口国体が開催された際、秋芳町が多数の観光客の来訪を予期して宮内庁に秋芳洞の読み方を再確認したところ、「あきよしどう」であるとの回答を得た。これ以後、読み方は「あきよしどう」として定着している


⇒秋吉台

湯田温泉 祭事・催事や歴史

湯田温泉(ゆだおんせん)は、山口県山口市(旧国周防国)にある温泉。

温泉街
山口市の南西部に、大型ホテルや旅館、ビジネスホテルなどが存在する。山陽路にはあまり温泉街は存在しないが、そんな中で山陽路随一の温泉街である。

また山口市内の観光や萩・津和野という有名観光の宿泊拠点であり、観光バス網が発達している。

同地は山口市の繁華街・歓楽街でもあり、飲食店なども数多い。秋保温泉、鳥取温泉などと並び、県庁所在地に湧出する温泉である。ビルやホテルが林立しているので、温泉街特有の情緒とは一線を画す形であるが、夜には宿泊客が散策できるスポットも点在するため、都市機能と観光街を併せ持った稀有な温泉地である。

近年、足湯に力をいれており、温泉街には高田公園など5つ存在する。2005年10月17日からは湯田温泉配給協同組合と山口県立大学が共同で足湯の効能検証を行った。

共同浴場は湯田温泉街の中には「亀の湯」一か所しかないが、日帰り入浴施設や旅館に併設された「立ち寄り温泉浴場」が存在する。

祭事・催事
毎年4月(第一土日)には湯田温泉白狐(びゃっこ)祭りが行われる。開催中は立ち寄り温泉や宿泊者専用の浴場などへ祭り会場で配布する整理券(有料)があれば決められた時間帯に限り入浴できる。

歴史
開湯は約600年前といわれる。白狐が毎夜温泉に浸かっていたところを権現山の麓のお寺のお師匠さんが発見したとされる。田んぼの真ん中から金色のお地蔵さんや、源泉が湧出したことが、「湯田」の名前の由来である。

江戸時代末期には、尊王攘夷派の藩士や公家がこの地に滞在していた。

中原中也出身地で、生家が存在する。種田山頭火が暮らしていたこともある。


⇒湯田温泉

岩国・柳井の観光スポット2 なぎさ水族館など

独歩旧宅(山口県柳井市姫田)
『武蔵野』『少年の悲哀』などの作品で知られる国木田独歩が22歳のころに住んだ家を移築した記念館。見学は外からだけだが、ガラス窓越しに文机やランプが置かれた居室や、年表、写真、独歩の胸像などが見られる。所要15分。

独歩曽遊の道(山口県柳井市姫田)
国木田独歩は柳井在住時代、自宅から北東の光台寺へ向かう道を好んで散策したという。真山青果編の『独歩病床録』によると、柳井が舞台とされる『少年の悲哀』のヒロインの娼婦は、この散歩道で出会った少女がモデルという。独歩は彼女を「ほとんど毎日のごとくこの山上にて会いたる女あり。十六七の、顔青ざめて背のすらりと高き少女なりき」と言っている。一目でいかがわしい商売の女とわかったものの、少女は強い印象を独歩に与え、10年後、小説に登場することになる。光台寺山門前には石碑「独歩曽遊の地」が立っている。

なぎさ水族館(山口県大島郡周防大島町伊保田2211-3)
約200種の海の生物を展示する水族館。タッチングプールでは、見るだけでなく実際にプールに入って海の生き物にふれることができるとあって、特に子供たちに人気。イシダイやエイ、タイなど周辺の魚類や、ヒトデ、アメフラシ、貝類など磯で見られる生物に直接ふれられ、なかには体長70cmのネコザメや90cmのドチザメも。また、オホーツク海にすみ、紋別から直送されてきた「流氷の天使」ともよばれるクリオネや、地元の珍魚のイザリウオなども展示。

日本ハワイ移民資料館(山口県大島郡周防大島町西屋代2144)
屋代島は1885年(明治18)に開始されたハワイへの官約移民で、1894年(明治27)までに3900人もの人を送り出した。夢を抱いて出発した彼らだったが、生活は決して楽なものではなかった。資料館ではその移民の歴史を写真や生活道具など豊富な資料で紹介している。建物はカリフォルニア移民で成功、里帰りした福元長右衛門の家で、和洋折衷の洒落た造りが目を引く。所要45分。

般若寺(山口県熊毛郡平生町宇佐木1166)
飛鳥時代、聖徳太子の師・恵慈和尚の開山とされる真言宗の古刹。用明天皇の勅願で恋人般若姫の菩提寺として建立された。本堂には鎌倉時代初期の仁王尊像も安置。

東山遊歩道(山口県熊毛郡上関町)
上関大橋の長島側のたもとから東山山頂までの遊歩道。途中、海を眺めながら散策ができる。山頂には厳島の戦いで毛利氏に加わり、武勲をあげた村上水軍の6人の武将をたたえた六人塚がある。

陸奥記念館(山口県大島郡周防大島町伊保田)
かつて世界最強の戦艦とされたが、昭和18年に東和町沖で謎の爆発を起こして海に沈んだ旧日本海軍の戦艦陸奥。ここは後年引き上げられた陸奥艦内の備品や艦首の一部を展示した記念館で、戦艦とともに命を絶たれた1121人の将兵の冥福を祈って、乗組員の遺品などを展示、戦争の悲惨さを訴えている。陸奥が爆沈した6月8日には毎年慰霊祭が行われる。

紅葉谷公園(山口県岩国市横山1)
吉香公園西側にある公園で、文字どおり紅葉の名所。11月上旬、いっせいに色づくと多くの人で賑わう。公園入口にある吉川家墓所から散策路に沿い、洞泉寺境内の樹齢300年の臥龍の梅、朱塗りの六角亭、岩国を舞台にした宇野千代の小説『おはん』の文学碑などがある。春の桜やモクレンのころも美しい。

柳井白壁の町並み(山口県柳井市柳井津)
柳井川沿いに中世からの町割をほぼ残し、街路に面して妻入り形式で本瓦葺き、入母屋造の屋根をもつ二階建ての町屋が立ち並ぶ。いずれも昔ながらの商家で、敷地割は間口が狭く奥行きが深いのが特徴。家の庇も同じ高さで軒線が揃う。国森家住宅と商家博物館むろやの園は、この古い町屋を一般に開放している。所要1〜2時間。

八幡生涯学習のむら(山口県大島郡周防大島町八幡上)
町衆文化伝承の館を中心に、歴史民俗資料館、生活の館、陶芸の館、久賀の諸職用具収蔵庫などの施設が集合する歴史文化ゾーン。古代の人々の暮らしをうかがい知ることができる。資料館では、先人の知恵と文化を象徴する農耕用具や漁業用具などを「暮らす」「拓く」「耕す」「漁る」の4つに分けて展示。陶芸の館では、月・火曜を除き、1500円で陶芸体験、1000円で絵付け体験ができる。ともに完成品は約1カ月後に着払いで郵送される。

ウッドビレッジみかわ(山口県岩国市美川町南桑15-13)
小径材を利用した木工品など、林業の盛んな美川町内で生産された各種木工製品を展示販売。夏休み期間中(7月20日〜8月31日)にはとんかち教室1000円〜が開催され、ラックや小物入れなど14種の中から好きなものを選んで木工体験も楽しめる。オーダー家具もある。

片添ケ浜海浜公園オートキャンプ場[片添ケ浜海浜公園](山口県大島郡周防大島町片添)
リゾート感覚あふれる公園内のキャンプ場。海水浴やスポーツで汗を流したら、露天風呂やサウナが充実した「遊湯ランド」でリフレッシュしよう。通年営業。

グリーンステイながうら(山口県大島郡周防大島町椋野1144-1)
海の見える丘に立つ、宿泊滞在型のスポーツ施設。姉妹島のハワイ州カウアイ島をイメージした設計で、MTBのオフロードコースやローラースケート場を備え、テニスやミニサッカーなどさまざまなスポーツが楽しめる。汗をかいたら潮風呂保養館へ。宿泊なら、カウアイ島の民家をモデルにした別荘風の交流館ログハウス棟で。1人1泊2食7000円〜。

サザンセト伊保庄マリンパーク(山口県柳井市伊保庄黒島)
ボードウォークや夜間照明、シャワー施設などの設備を整えた海浜公園。夏は海水浴場がオープンし、屋代島を眺めながら泳ぐことができる。

橘ウインドパーク(山口県大島郡周防大島町西安下庄)
パラグライダーの練習用スロープやアリーナなどがある宿泊研修施設。パラグライダースクールの紹介もしてくれる。1日体験コースが1万円〜。要予約。宿泊は4人から受付けで、40名まで宿泊可。

竜崎陶芸の館(山口県大島郡周防大島町東安下庄685-2)
竜崎温泉潮風の湯に隣接。予約すれば、誰でも湯のみや灰皿などの陶芸体験ができる。丁寧に教えてくれるので、未経験者でも安心。完成までには3回通うことになるが、形を作った後はおまかせすることも可能だ。粘土1kg500〜650円。おまかせ施釉1kg200円(釉薬の指定不可)。

岩国・柳井の観光スポット1 錦帯橋など

岩国学校教育資料館(山口県岩国市岩国3-1-8)
1871年(明治4)に13代岩国旧藩主吉川経健[きっかわつねたけ]が建てた学校。3階に洋風の鐘撞き堂を設けた和洋折衷建築。館内は江戸時代〜現代の教科書の展示や、日本の電気事業の進歩発展に貢献した藤岡市助の記念コーナーがある。所要30分。

岩国城(山口県岩国市横山)
吉香公園背後、標高200mの城山山頂にそびえる白亜の天守は、桃山風南蛮造で3層4階の上に物見を置く珍しいもの。初代藩主・吉川広家が1608年(慶長13)に築城したが、1615年(元和元)幕府の一国一城令により、完成からわずか7年で取り壊された。現在の城は1962年(昭和37)に再建されたもの。内部は武具、甲冑類が展示されており、4階は展望台。城山山頂までロープウェイが通う。

岩国徴古館[吉香公園](山口県岩国市横山2-7-19)
吉香公園に隣接し、岩国に関する歴史、美術工芸資料など約4万点を収蔵し、なかでも旧錦帯橋の部材など錦帯橋の資料は貴重。所要30分。

岩国美術館+柏原コレクション[吉香公園](山口県岩国市横山2-10-27)
鎌倉〜江戸時代の甲冑、刀剣など古武具や美術品を展示。なかでも武田信玄と上杉謙信の川中島合戦を描いた『川中島合戦図屏風』は、八曲一双の長大な画面に戦国時代の熾烈な合戦が詳細に描かれたもの。大名家の婚礼の豪華さが伺える、華麗な装飾の化粧道具や文房具なども見ることができる。森寛斎、横山大観をはじめ、江戸〜明治に活躍した絵師たちの絵画など約250点の美術品も展示。

大星山展望台(山口県熊毛郡平生町佐賀807-1)
室津半島の中央に位置する標高438mの大星山は、約1200万年前に瀬戸内火山帯の活動によって誕生した。山頂にある展望台からは、「瀬戸内のエーゲ海」とも称される南瀬戸内海を一望。天気がよければ九州や四国まで見渡せる。展望台から延びる大きなすべり台や子供用の遊具もあるので、家族連れも楽しめる好スポットだ。また、この大星山を中心に延びる室津半島スカイラインは、瀬戸内海の島々を眼下に眺めながらドライブが楽しめる、絶好のドライブコースとなっている。展望台に隣接して大星山風力発電所があり間近で風車が見れる。

香川家長屋門[吉香公園](山口県岩国市横山2吉香公園内)
吉香公園内にある、元禄期の建築と伝えられる旧岩国藩家老香川家の門。上級武家の屋敷のたたずまいを伝えている。

片添ケ浜海浜公園(山口県大島郡周防大島町片添)
島内における代表的なリゾートスポット。約1.5km続く白い砂浜をもち、波も穏やかな海水浴場は全国屈指の水質を誇る。公園内には温水シャワーや売店など設備の充実したオートキャンプ場もあり、40の個別サイトと47のフリーサイト、4人用コテージ5棟など施設は多彩。テニスコートや多目的グラウンドなどスポーツ施設もある。スポーツを楽しんだ後は、高台にある温泉施設の片添ケ浜温泉遊湯ランドで汗を流そう。

上盛山展望台(山口県熊毛郡上関町長島)
長島の最高峰・上盛山(標高315m)の山頂に立つ展望台。白い燈台型の建物の屋上からは、眼下の上関港や上関大橋をはじめ360度のパノラマが楽しめ、晴れた日は四国、九州まで見渡せる。

観音水車でかまるくん(山口県岩国市美川町根笠3039)
杉を使った岩屋川に架かる直径12mの巨大水車。1分間に約15回転。隣接の食堂では、水車を利用して挽いたそば粉を使った手打ちそば750円が味わえる。5〜9月ごろまで行われる涼味豊かなそうめん流し650円も人気だ。水車近くの洞窟内には、弘法大師が刻んだといわれる岩屋観音が安置されている。

吉川史料館(山口県岩国市横山2-7-3)
吉香公園に隣接し、岩国藩主吉川家伝来の美術工芸品、歴史資料約7000点を展示する。特に鎌倉時代の太刀「狐ケ崎」(国宝)や豊臣秀吉から拝領した陣羽織「山道草花鶴亀模様繍箔胴服」[さんどうそうかつるかめもようしゅうはくどうふく](重要文化財)、山中鹿介の兜など美術・工芸的にも価値が高いものが多い。所要30分。年4回の展示替で順次公開。

吉香公園(山口県岩国市横山2)
岩国藩主吉川家の居館跡。明治時代に公開、公園として整備された。園内には香川家長屋門や目加田[めかた]家住宅などの武家屋敷が残り、桜、ボタン、ショウブ、カエデなど四季折々に咲く花が美しい。

旧目加田家住宅[吉香公園](山口県岩国市横山2吉香公園内)
吉香公園内にある、18世紀中ごろに建てられた170石取りの藩士の屋敷。入母屋造で一部2階建て、屋根には岩国独特の瓦である両袖瓦が葺かれており、式台付きの玄関や中間部屋などがある。中級武家屋敷がほぼ完全な形で残っているのは珍しく、国の重要文化財に指定されている。

錦帯橋(山口県岩国市岩国・横山)
1673年(延宝元)、吉川広嘉によって架けられた、木造五連のアーチが美しい橋(名勝)。長さ193.3m、幅5mで木組みの技法を駆使して造られており、大月の猿橋、祖谷のかづら橋と並ぶ日本三名橋のひとつといわれている。平成16年には、半世紀ぶりの架け替え工事が終了した。

国森家住宅(山口県柳井市柳井津金屋467)
18世紀後半の建築で、入母屋造、本瓦葺きの土蔵造2階建ての油商の家。1階の正面にある「蔀帳」[ぶちょう]とよばれる板戸は上の1枚を吊り上げて、その上にふとんを収納。残り2枚を全開して店とする建具で、商家独特の機能的な造りだ。また一本引きの土戸や袖壁など、防災の工夫も随所に見られる。1階座敷の天井板には当時ご禁制の品であった屋久杉の丸太が使われており、豪商ぶりが偲ばれる。所要20分。

四階楼(山口県熊毛郡上関町室津字築出町868-1)
1879年(明治12)に建てられた、県内最古の擬洋風建築。外国との海上交通で栄えた地ならではの凝った造り。窓にはフランス製のステンドグラス、3階の壁には唐獅子牡丹の漆黒彫刻、4階天井には鳳凰漆黒彫刻が残る。併設の上関町郷土史学習館では四階楼に関する資料の展示のほか、上関町の歴史をパネルや映像で紹介している。

商家博物館むろやの園(山口県柳井市柳井津439)
古市・金屋地区にあり、室屋の屋号を持ち、最盛期には50隻もの帆船を抱えた豪商・小田家の屋敷を利用した民俗資料館。1701年(元禄14)の建築はこの町で最も古く、屋敷面積2561平方m、建坪1500平方mは現存する町屋で国内最大級。館内には当時の生活道具や小田家の文書を多数展示。所要30分。山口県有形民俗文化財。

白蛇横山観覧所[吉香公園](山口県岩国市横山2-6)
吉香公園に隣接し、岩国のシロヘビ(天然記念物)を公開している。このヘビは江戸時代にアオダイショウの変種が金運を授ける神蛇として保護され、増えたものといわれている。体長2mほどにまでなり、ルビーのように赤い目が印象的だ。

寂地峡(山口県岩国市錦町宇佐)
冠山に源を発する宇佐川の上流3.5kmの犬戻峡とその支流の約1kmの龍ケ岳峡の総称が寂地峡。西中国山地国定公園に属する渓谷だ。大小さまざまな滝や深淵、奇岩が連続し、なかでも龍頭、龍門、白龍、登龍、登尾からなる五龍の滝は圧巻で、200mの高さから5段になって流れ落ちる。日本の滝百選の一つ。また、アマゴが多く生息する清流は、環境省の名水百選に選ばれている。寂地山と右谷山の登山道には、4月下旬〜5月中旬になるとカタクリの花など高山植物が咲く。

瀬戸公園(山口県大島郡周防大島町西三蒲)
大島大橋を渡った北側、大多満根[おおたまね]神社境内を整備した公園。大島大橋と大畠瀬戸を一望するビュースポットで、眼下にうず巻く最狭部約700m、水深約20m、最高時は秒速4.6mで流れる瀬戸は迫力満点。また、ここから車で5分ほどの飯の山展望台(標高263m)からの眺めも見事。園内は桜が多く、春は花見客で賑わう。

田布施町郷土館(山口県熊毛郡田布施町下田布施875-6)
田布施が生んだ大政治家、岸信介、佐藤栄作兄弟宰相及びゆかりの人物の遺品を展示。歴史に名を残した彼らの功績を学べる。町内の埋蔵文化財、民俗資料なども並ぶ。

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