長門・下関周辺の観光スポット5 藤原義江記念館など

東行庵(山口県下関市吉田町1184)
高杉晋作(号=東行)の墓(史跡)を守るため、尼となった愛人おうのが住んだ庵。1839年(天保10)、萩の上級武士の家に生まれた高杉晋作は、松陰の義理の弟である久坂玄瑞とともに松下村塾の双璧といわれた秀才。長州征伐では全軍を指揮して幕府軍を劇はしたが、肺結核のため維新を目前に27歳で病死した。彼の東行記念館(料金:300円、時間:9〜17時、無休、12月30・31日休み)もある。

土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアム(山口県下関市豊北町神田上891-8)
1953年(昭和28)からの19次にわたる発掘調査で、土井ケ浜遺跡では約300体の弥生時代の人骨や副葬品が出土。発掘された人骨は中国大陸や朝鮮半島のものと酷似し、大陸からの渡来人がここに住みついて、大陸文化を伝えたと考えられている。顔を海に向けているのが埋葬の特徴。最も多く人骨が発見された場所はドームで覆われ、発掘当時のままの状態が見られる。人類学ミュージアムでは、土器や副葬品の展示や3D立体映像、パソコンクイズで弥生人の生活をわかりやすく解説している。所要1時間。

中本たかこ文學資料館(山口県下関市豊北町角島630-3)
豊北町に生まれた女流作家・中本たか子氏の資料が展示されている記念館。角島にある夢崎と牧崎は『故里を とおくはなれて 思うかな 夢さきの波 牧さきの風』という歌から命名されている。中本たか子は、社会主義思想の持ち主として当局に検挙され、投獄されるなど、昭和初期に激動の人生を送った。また、評論家の蔵原惟人氏の夫人としても知られる。記念館の見学は予約が必要。

長門市通くじら資料館(山口県長門市通671-17)
青海島の通[かよい]で江戸初期から明治時代まで、盛んに行われた古式捕鯨の歴史を紹介する資料館。鯨の標本や捕鯨船の模型のほか、実際に漁に使われていた縄や銛などが展示され、勇壮な漁の様子を知ることができる。

二尊院(山口県長門市油谷向津具下3539)
龍伏山天請寺二尊院と号し、創建は807(大同2)年天台宗の開祖最澄の開山と伝えられる。江戸時代に毛利家の祈祷所として宗旨を真言宗へと改めた。世界三大美女のひとり楊貴妃が唐の国より追われ、空艫舟に乗って漂着し、この地で息を引き取ったという伝説があり、飛地境内には楊貴妃の墓と伝えれられる五輪塔(県指定文化財)とその菩提を弔うために安置された本尊二尊仏・阿弥陀如来、釈迦如来(国指定重要文化財)が祀られている。

日清講和記念館(山口県下関市阿弥陀寺町4-2)
1895年(明治28)4月17日、日清戦争の講和会議が開かれた旅館春帆楼[しゅんぱんろう]の敷地内に立つ。伊藤博文と李鴻章[りこうしょう]が日清講和条約を締結した際のテーブル、椅子、火鉢などの調度類や資料が、当時のままに再現されている。

乃木神社(山口県下関市長府宮の内町3-8)
明治天皇の崩御により殉死した将軍・乃木希典[まれすけ]と夫人を祭った神社。境内には乃木大将が10歳から16歳まで過ごした家が復元され、夫妻の銅像や遺品などを収蔵する宝物館などがある。

早川家住宅(山口県長門市通)
江戸後期の建築といわれる網元の屋敷。白壁の土蔵造で一部2階建てという、漁師の屋敷らしい豪放な風情を漂わせている。壁には鯨の油が塗られていると伝わる。1974年(昭和49)に国の重要文化財に指定されたが、国の重要建造物の中で漁師の住宅は早川家を含め2軒だけという。内部の見学は要予約。

火の山公園(山口県下関市みもすそ川町)
標高約268mの山で、かつてのろし場があったことからこの名が付いた。頂上の展望台からは関門海峡や下関市街、玄界灘や周防灘まで眺められ、特に夜景は格別の美しさ。桜とツツジの名所でもあり、4月上旬には桜、5月上旬にはツツジが咲き誇る。麓からは車で登ることができる。火の山ロープウェイ運行期間については要問合せ。

藤原義江記念館(山口県下関市阿弥陀寺町3-14)
関門海峡を望む小高い丘の上に立つ洋館で、日本にオペラの基礎を創りあげた世界的オペラ歌手・藤原義江(1898〜1976)の記念館。下関在住の作家・古川薫氏による直木賞受賞作『漂泊者のアリア』のモデルとしても知られている。館内には義江の遺品や写真などを展示。見学は予約が必要だ。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。